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誰にも

ああ主よ。この祈りを聞いてください。王である神様。私の嘆きに耳を傾けてください。私は神様以外のだれにも、決して祈ったりしません。 詩編5編1節


 神様以外にだれにも祈ったりしません。日本には神様と呼ばれるものが多すぎます。本当の神様はただひとりです。天地万物をお創りになったお方であり、それらを統治されているお方。今も生きておられる絶対的なお方であります。

聖書にはイエスこそ真の神であるとあります。

私たちはイエスにすべてを祈り求めていきます。それ以外には祈ったりしません。

イエスはわれらの祈りを聞いてくださいます。たえず祈りなさい。ことごとく主イエスのみ名によって祈りなさいとあります。

人間の手で作られたもの、自然にできたもの、それに向かって祈ることはしません。いくら祈っても聞いてもらえないからです。

ヘレン・ケラー女史もこのイエス・キリストに祈りをささげました。目に見えない神がまるで見えているようにして祈ったのです。

神であるキリストを信じる者はすべて祈ります。ほかには祈りません。聞いてもらえないからです。
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  1. 2011/09/29(木) 17:35:41|
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チャンス

人は自分の不注意でチャンスをつぶしては、それを神様のせいにします。 箴言19章3節


チャンスはいつもあるわけではありません。絶好機が訪れるのを待ってそこで実行する勇気がないとチャンスをみすみすつぶしてしまいます。

サッカーを観戦しているときに、観戦している人たちは、そこで蹴れ!チャンスだ!と叫ぶのですが、選手は蹴らないでパスをすると、ファンはがっかりしてしまいます。

野球でも満塁で見逃し三振でもしたら、なんでバットを振らんのかっと言いたくなります。

チャンスをつぶしておいて、それを誰かのせいにする。そのようなことは多いです。人のせいにしたり、環境のせいにしたり、となるのです。ここではそれを神様のせいにしてしまうというのです。

自分は悪くはない。これは神様が悪いのだ、と弁解していたら、それを聞いた人たちは得心するでしょうか。苦し紛れの言い訳としか映りません。それでいいわけはありません。

チャンスを逃さないことは大事ですが、何よりも失敗したことの後始末は自分が責任をもって補うことが大事です。人のせいにするのではなく、ましては神のせいにするのでなく、潔く非を認めて素直に対応すればチャンスはまたやってくるはずです。
  1. 2011/09/27(火) 11:37:47|
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